兄を超えるために

タカサカblog

2026/02/13 07:42

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 グラウンド部1年の北 凛太郎です。
拙い文章ではありますが、これまで自分がどのようなサッカー人生を歩み、何を感じ、何に悩みながら成長してきたのかを、自分なりの言葉で綴らせていただきます。

 私がサッカーを始めたのは小学1年生のときです。きっかけは、6歳年上の兄の存在でした。兄の試合を観に行き、ピッチを駆け回る姿を目の当たりにするたびに、「かっこいい」という憧れの気持ちが胸に広がりました。家の前で一緒にボールを蹴る時間も、私にとっては特別なものでした。気がつけば「兄のような選手になりたい」と強く思うようになり、自然とボールを追いかける毎日が始まりました。

 始めた頃は、ただ純粋に楽しく、兄の背中を追いかけることが嬉しくてたまりませんでした。しかし、成長するにつれて現実の厳しさを知ることになります。小学5年生の頃、兄が当たり前のようにできるプレーが自分にはできない。兄はスタメンで活躍しているのに、自分はベンチスタート。周囲から「兄は上手いのに、お前は違うな」と言われることも増えました。比べられるたびに自信は削られ、サッカーは楽しいだけのものではなくなっていきました。何度も「もう辞めたい」と思いました。

 そんなとき、父が「お前ならできる」と声をかけてくれました。その言葉に背中を押され、父のためにも自分自身のためにも、兄のように期待される選手になろうと決意しました。しかし、現実は甘くありませんでした。父に言われなければ練習せず、遊びを優先してしまう自分がいました。兄を超えたいと言いながら、本気で努力できていない自分が情けなく、嫌気がさす日もありました。

 ある日、父はこう言いました。
「兄は毎日、自分から練習している。努力しているからこそ、今があるんだ。」
その言葉は胸に突き刺さりました。自分は“兄に勝てない”のではなく、“努力から逃げていた”だけだったのだと気づいたのです。

 そこから、少しずつ意識が変わりました。誰かに言われてやるのではなく、自分の意思で取り組むこと。毎回の練習で人一倍走り、考え、挑戦すること。すぐに結果が出るわけではありませんでしたが、試合で良いプレーが増え、自信も芽生えていきました。

 中学3年生の夏、兄も出場したクラブユース大会に出場することができました。スタメンや途中出場の機会をもらい、ついに自分にもチャンスが巡ってきました。しかし、そのチャンスを結果に結びつけることはできませんでした。大会でも満足のいく成果は残せず、「兄を超える」という目標には届きませんでした。それでも、その悔しさはこれまでで一番大きなものであり、自分をさらに強くしたいと思わせてくれる原動力となりました。

 そして冬。兄でさえ出場できなかった高円宮杯が始まりました。この大会こそ兄を超えたい。そう強く思っていました。しかし予選当日、出場時間は0分。ピッチに立つことすらできないまま、チームは敗退しました。その瞬間、「やはり兄のようにはなれないのではないか」「親に迷惑をかけているだけなのではないか」と自分を責めました。

 それでも今は思います。この悔しさや苦しさは、決して無駄ではないと。兄と比べられ、逃げたくなり、それでも続けてきた経験こそが、自分を支える土台になっているのだと。

 高川学園に入学して約1年が経とうとしています。私は他人には厳しく、自分には甘い人間だと感じています。だからこそ、まずは自分に厳しくなれる人間になりたい。そして、日々の生活を大切にし、一つ一つの練習に本気で向き合い、一分一秒を無駄にすることなく、少しでも成長できるよう努力していきたいと思います。

 まだ兄を超えたとは言えません。しかし、必ず超えます。
高川学園で本気でサッカーと向き合い、努力を積み重ね、結果で証明します。

 拙い文章ではありましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
今後とも高川学園サッカー部の応援をよろしくお願いいたします。

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